仙台高等裁判所 昭和30年(く)3号 判決
本件抗告の理由は別紙記載のとおりである、よつて按ずるに昭和三十年三月二十三日仙台地方裁判所石巻支部のなされた保釈取消決定は検察官の請求に基きなされたものか、将又職権を以て為されたものであるか、原決定書記載自体によつては明かでなく、また原決定はその取消の原由につき単に罪証を隠滅し又は罪証を隠滅すると疑うに足る相当な理由ありとのみ記載されその具体的事実は何等説示されていないので、原決定が、被告人につき、右の如き理由があると認めたのは具体的に何んな事実を指すのかは必ずしも明かでないが、原決定が検察官の昭和三十年三月二十三日附保釈取消請求と同日附でなされていること、その請求書が本件保釈取消事件の記録の一部として添付されていること等に徴し、原決定は、検察官の請求に因り、又は少くとも之を考慮に入れて職権を以て、なされたもので、保釈取消の理由も検察官の右請求書記載の事実又は之に関連した事実によつているものと解するのを相当とする。
ところで、記録及び証拠(本件抗告記録及び被告人に対する仙台地方裁判所石巻支部昭和二八年(わ)第六号第七号私文書偽造同行使等被告事件の記録及び証拠物)によると、本抗告に関係のある本件公訴事実の骨子は、被告人が昭和二十六年十一月二十七日及び同年十二月十四日及川三之助及び同亀一郎の両名に対して金十五万円及び五万円をそれぞれ貸付けるに当り及川三之助所有の建物を担保としてそれに抵当権を設定せしめたのであるが、その書類を作成するに当り、右建物の外その敷地たる及川三之助所有の宅地にも抵当権を設定した如く、右両名名義の私文書を偽造行使して不実の登記を了したというに在り、又検察官が保釈取消の理由として主張しているところは「被告人は及川亀一郎及川三之助の両名に対し金十五万円を貸すに当り及川三之助所有の土地家屋に抵当権を設定登記したものであるが、土地については、抵当権を設定すると承諾して居なかつたという及川亀一郎等の供述に基き頭書の罪名により起訴されて居る者であるところ、刑事事件のかたはら右土地家屋の競売手続を進める一方競売延期を条件に及川亀一郎をして警察検察庁及び公判廷における証言は間違つて居る旨の上申書を作成させ裁判所に提出せしめ、因て被告人の刑事事件について自己に有利な展開を企図し、更に刑事事件の進展に伴い右土地家屋について競売手続を開始し、右土地については抵当権の設定を解除したが、右家屋を被告人に於て競落した。しかして右家屋について被告人は及川亀一郎に対し買戻方を約束して居たが、刑事事件の進行と関連させて及川亀一郎の買戻の引延しを図つて居たものであるところ、昭和三十年三月十八日に仙台地方裁判所石巻支部に於て行われた証人尋問に際し、及川亀一郎の父三之助、弟芳三郎及び友人小林基の証言が被告人に有利に展開しなかつた事を不満とし、買戻しの交渉がなされて居るのに拘らず、右家屋の明渡しを強行したものである。右強制執行は裁判の執行にして権利の行使であると被告人は主張するかも知れないが、被告人が及川亀一郎等に対し金を貸し同人等の家屋を競落し何時でも強制執行が出来ると云う財産上の有利な立場を利用し、被告人の刑事事件と関連させて強制執行の手段により及川亀一郎に圧迫を加えた事は、権利の濫用といつても過言でない行為であつて、刑事訴訟法第九六条第一項第三号及第四号に該当するものである」というにある。
ところで、被告人が及川三之助及び同亀一郎に対し十五万円及び五万円の貸金債権を有し、之につき前記建物に対する抵当権を有することは明かであるから、その弁済を得るため、抵当権実行のため、競売の申立をすることはもちろん、それを競落し、更にその建物の引渡を求めることも、それ自体ではもとより正当で、これのみを以て刑事訴訟法第九六条第一項第三号に当るものといい得ないことは明かである。
しかしながら、記録によると被告人は警察の取調以来一貫して、右公訴事実たる私文書偽造行使の事実を否認し、宅地もまた正当に抵当権の目的に入つていたものであると主張し、之に対して、及川亀一郎は捜査段階においてのみならず本件公判の証人(第三回、第十三回各公判)としても、右宅地は之を抵当に入れた事実はない旨供述しているものであるところ、本件第三回公判期日(昭和二十八年十一月六日)において、弁護人は及川亀一郎作成名義立会人小林基名義仙台地方裁判所石巻支部宛の上申書(証第一九号)を証拠として提出し、その証拠調が施行されたのであるが、右上申書には及川亀一郎の申述として、右公訴事実に関し、従来警察及び検察庁で被告人が文書を偽造したものである旨述べて来たのは誤りで、真実は宅地をも担保に供したものであり、又この上申書に添付した特約書(証第二〇号)も真正に成立したものである故、従来の供述を訂正する旨の記載がなされている。しかるに、前記及川亀一郎の公判証言及び本件第十五回公判期日(昭和三十年三月十八日)における証人小林基、同及川三之助、同及川芳三郎の各証言を綜合すると、右上申書は、前記抵当建物の競売期日たる昭和二十八年九月二十日その延期方交渉のため、及川亀一郎が小林基と共に被告人方に赴いた際競売期日を延期する条件として、被告人の要求により、及川としてはそれが自分の記憶に反することを知りながら、被告人が作つて示した下書に従つて及川が書き、及川と小林基とがそれぞれ作成者及び立会人として署名押印して被告人に交付したものであること、その後、右競売手続は進行し、結局、昭和二十九年一月二十九日右建物は被告人が競落したが、及川の方では之を手放すことをいとい、被告人と交渉したところ、被告人は、実際は余り永びくので一応競落して自分名義にしただけで、自分としてはこの建物を永く所有する意思はなく、競落代金に月八分の利息をつけた代金を提供すれば何時でも売戻すべき旨言明し、及川も之を信じて金策の上買戻方申出でたところ、被告人は本件私文書偽造行使等の刑事事件の方がまとまらねば買戻には応ぜられぬと言出し、そこで及川は調停の申立をしたが被告人は「これは刑事事件と関連があるもの故その方が解決せぬ間は応ぜられぬ」との一点張りで、調停に応ぜず、結局調停は不成立に終つた。次いで被告人は競落建物の引渡を求め、之に対しても及川は断行の猶予を求めて交渉するという経過を辿つて来たのであるが、その間被告人は何回となく、及川に対して特約書(証第二〇号を指すものと解す)を認めてくれとの要求をしたことが明かである。しかして証第二〇号は、及川亀一郎同三之助作成名義立会人及川芳三郎名義被告人宛昭和二十六年十一月二十七日附、同日借用の十五万円の返済を遅滞したときは、かねて差入れておいた証書により自分所有土地建物に一番抵当権設定登記をすることを貴殿に依頼し置く旨等の記載のあるものであるから、それを及川が承認することは、被告人の本件私文書偽造を及川が否定することであり、このことは、被告人がこの罪につき無罪の言渡を受けるべき重大な資料を成立せしめることになるものである。されば、右の内被告人が及川亀一郎をして証第一九号の上申書を作成交付せしめたことが刑事訴訟法第九十六条第一項第三号の「罪証を隠滅し」た場合に該当することはもちろん、その後同人に対して、刑事事件がまとまらぬうちは、又は解決せぬ間は、建物の買戻に応ぜられぬ旨(被告人のいうところの刑事事件がまとまるとか解決するということの意味は、被告人が本件私文書偽造等の事件で無罪の言渡を受ける意味と解すべきことは前叙の経過に照して明かである)固執しながら証第二〇号の承認方を繰返して要求して来たということは、右法条にいう「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な事由」に該当することは疑いを容れない。
然り而して、以上は昭和二十九年十二月十七日即ち本件第十三回公判期日当時までの経過であるが、その後といえども被告人が叙上の如き態度又は意図を抛棄したと認めるべき資料は何等存せず、却て、前記競落建物明渡の断行は昭和三十年三月十九日即ち、本件第十五回公判期日において証人小林基、同及川三之助及び同及川芳三郎が、証第一九号同第二〇号の各成立その他本件の事実に関し、被告人に不利益な証言をした翌日であることは記録上明かであり、又検察官提出の疏明資料たる昭和三十年三月二十二日附及川亀一郎の検察官に対する供述調書によれば、右三月十九日当時も及川としてはなおも右建物を買戻して引渡を免れるべく、買戻金額につき被告人方と交渉を継続中であつたもので、右引渡の断行はかかる際において、全く不意になされたものであることが認められ、これらのことを前記従来の経過と併せ考えれば、右は被告人が、その前日の小林等三名が不利益な証言をしたことに報復すると共に、併せて及川を圧迫し、本件につき、前記証第一九号証第二〇号の承認その他被告人が無罪となるよう及川等をして協力せしめる如く仕向ける意図に出たものであるとの疑いが濃く、之により、被告人に対する前記の罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由は、なお存続していることを看取するに足るのである。
論旨は、本件においては、証第一九号上申書の件は既に十分に審理せられ、公判も来る四月十六日(昭和三十年)には終了する予定になつているもので、本件についてはもはや罪証隠滅とかそのおそれという如きことはあり得ないものである旨主張する。しかし、記録によれば、右四月十六日を以て次回期日とする指定の行われた昭和三十年三月十六日の公判期日において、弁護人は立証準備のため続行を求める旨申立てたことが明かで、これに徴しても、第一審として今後更に審理が行われないものとはいい難く、更に第二審の存することをも考えれば、本件において罪証の隠滅ということは、もはやあり得ないものといわれないことはもちろんである。
以上に説明を加えた以外の論旨はいずれも法律解釈又は事実に関する独自の見解を前提とするものでいずれも採用に値せず被告人に対しては罪証を隠滅し、かつ罪証を隠滅すると疑うに足る相当の理由ありとの疏明十分であるから、原決定は結局正当であつて、本件抗告は理由がない。
(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 蓮見重治 裁判官 細野幸雄)